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本坊の奥に位置する大仙院は、永正6年(1509年)六角政頼が古獄宗亘を開祖に創建。書院や茶室の建築、作庭は古獄和尚が行ったもので、室町時代の建築様式が伝えられている唯一のものといわれる。茶室「★★室」(六畳半)は利休が秀吉に茶をさしあげた場所といわれる。 |
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大仙院と隣あわせに真珠庵がある。ここは塔頭のなかでは古く、一休宗純が文明年間(1469-87年)に庵居とした瞎驢庵にはじまる。この茶室の外露地、方丈東庭の「七五三の庭」は南北に十五個の小石を点々と七・五・三に配列し、二重刈込の籬を背景としたもので、茶の湯にふさわしいわびた露地である。 |
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| 三玄院を南へ石畳を歩くと瑞法院。茶室「餘慶庵」は表千家八代★啄斎好みの写しで六畳台目の席、続く次の間は八畳の下座床の席、廊下をへだてて四畳半の席がある。さらに方丈の裏手に十字の石組で構成されて「閑眠庭」があり、その向うに茶室「安勝軒」がみえる。毎月二十八日、月釜がかけられていて、いつでも拝観することができる。 |
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本坊のすぐ西にある聚光院、ここを利休は千家の菩提所としたのである。現在、月命日の二十八日には三千家が交代で法要を行い「閑隠席」で釜がかけられている。茶席「枡床席」は四畳踏込床という明るい現代的な茶室である。門脇にある千家の墓所は利休居士および歴代宗匠方をしのんで、門人たちの線香がたえることがない。 |
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